斜面の草刈でまいった。

「草刈スパイク土手歩きができるまで」 

 

「さあみんな始めようか」。

ここは、いわき市を流れる夏井川の河川敷。

ラジコン飛行機を飛ばすため、飛行場として借りているところで、この日はクラブ員総出での草刈がはじまる。

まあ、人数も多いのでカンタンに終わると思っていた。

クラブ員を二手に分け、平地組みと斜面組みを決める。

私は、斜面組みになった。

草刈機は肩掛け式の古いものだが、自分の手で整備して調子もよく使い慣れているので仲間と斜面に立ち刈りはじめる。

刈りはじめて20分もしないうちに、平地と斜面ではかなり効率が悪いことに気づいた。

この日は草も長かったので長靴を履いているのだけど、足首は痛くなるし滑る。

平地組みはどんどん刈り進んでいるのに、斜面組みは思うように進んでいない。

しかも、斜面組みは自分を含め休憩が多くなる。

3時間も過ぎたころ、作業がやっと終わった。

この日から二日間足首と腰が痛いし重い。

斜面の草刈の辛さを身をもって体験し、もしまた草刈がある時は絶対に斜面はやらないようにしようと心に決めた。

 

「納得できない日々」

私は、ふだんから近所の草刈をしているのだが、考えてみると斜面はほとんどしたことが無かった。

ある晩ふと思った。「草刈のプロは斜面を刈るときどうしているのだろう?」「もしかしたら何か特別な道具があるのかもしれない」。

とりあえずネットで調べてみることにした。

滑り止めのスパイクは何種類かあるのだがどうも納得がいくものが見当たらなかった。

次の日近くの土手に立ってみた。

足が滑るのは分かるが、なぜ足首が痛くなるのだろう?

山足と谷足の高さが違うため体重のほとんどが谷足に掛かるからということが分かった。

そこで、谷足に竹馬のようなものをアルミパイプで作り付けて土手に立ってみた。

しかし、これはみごとに失敗だった。歩くことができないのである。

そこで、高さの違いは諦めることにして、谷足をとりあえず水平にすることにした。

90度に曲げた鉄板にベルトをつけて土手に立ってみる。

すると、足がほぼ水平になり足首が曲がらないのでいい感じになった。

そして一歩進んでみると、谷側に直角に曲げた鉄板が土手に埋っていき、危なく谷側に転ぶところだった。

この時初めて知ったのは、土手は人が歩かないのでとても柔らかいことだった。

この場合、土手に接しているのは鉄板ではあるが線だから、面で押さえないといけないことが分かった。

三作目に、鉄板を45度に曲げ実験をするのだが、鉄板が薄いため体重で曲がるのを防ぐのと、スパイクを兼ねたボルトを45度に曲げた鉄板の先のほうから足を乗せる上の鉄板に通してみた。(これを私は接地板と呼んでいます)

この時、前と後に二枚の接地板を用意し板に取り付け、ベルトで靴に固定し土手に立ってみると、今度は土手に埋っていくこともなく滑り止めのボルトも効いて理想に近づいているように感じた。

(この接地板が現在の土手歩きの基本形になる)

しばらくこの三作目で近所の土手の草刈を続けてみることにした

 

「土手歩きの欠陥発見」

近くの小学校の土手は妬く30度の傾斜があるが、土手歩きを付けると難なく草刈ができることがわかった。

夏の暑い日のこと、午後から雨が降ってきたので、雨の中土手の草刈をしてみるとシャワーを浴びながらの作業で快適だった。

近所の人に後から聞いた話だけれど、「あの人、雨の中土手の草刈をしていたけど、滑って落ちて怪我でもしたらどうするんだろう」と心配していてくれたようだ。

私は、この頃土手歩きの機能に関してはそれなりに納得していたが、どうも取り付け取り外しがめんどうな事に気づき始めていた。

この時の接地板は鉄板が薄く、体重で曲がるのを防ぐためボルトを接地板の端(一番開いている所から15ミリのところ)に通していたので、土手歩きを地面に置くと45度以上に傾いてしまい、靴を載せ止めるまで安定しない。

つまり、土手歩きが自立していない。

この事は、今後自分以外の人が使うにしても一番の欠点になるはずだ。

この問題を解決するには鉄板の厚さを変えることだった。

しかし、厚い鉄板になると自分で工作することができないので、知り合いの鉄工所に作ってもらうことにした。

もちろん図面を書かないと作ってもらえないので、図面を何度も何度も書いた。

ここで気づいた事は、鉄板を厚くしながらスパイクを曲げた鉄板の先端から内側にずらすことで、接地板の先端 前後二点と2本のスパイクの先端二点、合計四点で自立することを見つけた。

この時のスパイクの太さは、自作した時のボルトが4ミリだったので5ミリとした。

(後になりこの5ミリが大変な事件を引き起こす)

図面を出してから二週間もすると、部品ができて来た。

部品を手にとって見ると、立派にできている。

ニコニコしながら部品を眺め、一緒に入っていた請求書を見ると値段も立派だった。

早速板に取り付け、床に置いてみるとちゃんと自立する。

設計は正しかった。

ある意味、自作から工業製品に少しだけ近づいた気がした。

試作からここに来るまで6ヶ月かかっている。

春から考え季節は秋になっていた。

 

「まだまだ試作段階」

九月の終わり頃になると、土手の斜面に落ち葉が落ち草もそれほど多くない。

土手歩きを使い慣れてきたが、最後まで悩んでいたことがある。

それは、土手歩きを靴に止めるための方法だった。

自分では、紐で縛るのが一番確実だと考えるが、やはりベルトで止める方法が見た目にもいい。

しかし、どこをどんな風にベルトで止めればいいのか?妻のハイヒールやサンダルを参考に何度も考えた。

そして今の形に落ち着き、毎朝一時間土手の草刈を続けてみる。

土手歩きが自立するようになり、ベルトもワンタッチで止められこれで完成かと思ったが甘すぎた。

落ち葉の落ちた土手の草刈をしていると、土手歩きを付けた足が不安定になってくるのが分かる。

次の一歩を踏み出すと、谷足がゴロンと谷側に転ぶ寸前だった。

もし転んでいたら大事件になっていたに違いない。

土手に腰を下ろし、土手歩きをはずして裏返してみると、スパイクに落ち葉が刺さり重なっている。

そこに土もからんで、まるで串団子のようだった。

手で取れば取れるのだが、何とかしなければならない。

まだまだ試作段階から抜け出せないのか。

この課題を解決するのに二ヶ月も掛かってしまった。

5ミリのスパイクの先端は、刺さりをよくするためクギのように尖らせていたが、二ヶ月もすると削れてつぶれている。

そうなると、落ち葉が団子になるのも少なくなったような気がした。

土手歩きを手に持ち、土手で落ち葉に押し付け刺してみると、小さな落ち葉が割れた。

やっと解決策が見えた時だった。

早速接地板の設計図に、10ミリのスパイクと先端をあまり尖らせないことを書き加えた。

 

「特許を申請」

なんども諦めかけた土手歩きだったが、いよいよ自分以外の人でも使えるような形になってきた。 小学校の土手刈りが終わり休んでいると、用務員さんが声をかけてきた。

「いつもありがとう。ところで、土手の草刈って大変でしょう。これがいやで用務員を辞める人が多いんだよ。」。

私は、土手歩きを見せながら「これがあるから土手の草刈が楽にできるんですよ」。

そしたら何と「特許を取ったらいいじゃないのか」と言われ、取れるかどうか分からないが詳しい人に聞いてみることにした。

紹介されたのは、福島県発明協会だった。

協会に土手歩きを持っていき相談してみると、取れるかもしれないことが分かった。

そこで、協会の指導を受けながら特許を申請。

特許庁から二 三のダメ出しがあったが、修正して受理された。

ここまで約半年が掛かったけど、一段落。

 

「メイドインいわき」

プロトタイプは完成し自分の分はあるが、この話を聞きつけた知り合いから「作ってくれ」と頼まれるごとに接地板を発注し手作り状態。

二つ作り並べると、少し形が違うものができる。

特許を取得してから、発明協会でも量産してくれる会社探しの手伝いもしてくれた。

いわきから神戸まで、日帰りでプレゼンしに行ったこともあった。

私が言う量産とは、せいぜい100個くらいで工場規模ではなかなか受け入れてもらえない。 量産体制のメドが立たないまま一年が過ぎたころ、友人が「新潟で作ってくれそうな会社がある」と連絡をもらった。

その会社から、「図面とサンプルがあったら送ってくれ」と言われたが、片道250キロ程度なので友人と二人で行くことにした。

「構造的には問題ないですね。作れますよ」。答えは意外にカンタンに返ってきた。

「実際に一つ作って送ります」。

私はこの時どんなに嬉しかったことか今でも覚えています。

ただ、この先の数の相談で話が進んでいくのか心配はあった。

完成品が届き、ドキドキしながら箱をあけると土手歩きがキラキラと光っていた。

早速ベルトを付け完成させる。

次の日、この会社の社長に連絡を入れ「この形で量産することは可能ですか?」と、質問した。 このときの製品は、一枚の鉄板から接地板と天板を展開した形で切り出し、曲げ加工するものだった。そのため量産するには型が必要とのこと。

型代を聞き、型を作るのはとても無理なことが分かった。

それから一週間、土手歩きを枕元に置き型が無くてもできる方法があるはずと考えた。

ある程度方法が見えてきたので、また新潟まで出かけ自分の考えを伝えると「その方法なら型がなくてもできますね」。

「ところで始めいくつくらい作る考えですか?」

私は100個と言いたかったけど、50個でスタートした。

本体は一ヶ月くらいで届くとのこと、それまでにベルトとジョイントの部品をどこから仕入れたらいいのか?

試作段階では、地元の手芸店からつど買っていたので今後はそんなことはしていられない。

私の趣味にカヌーもあり、鹿児島県のアーキテック製のカヌーのキットを購入し以前作成し持っている。このカヌーの艤装に、ベルトとジョイントが使われていることを思い出し連絡を入れ仕入先を紹介してもらった。

本体部品50個が、ダンボール幾つにも分けられ届く。

私は、ベルトの長さを決め切りそろえ、内職状態で取り付けた。

メイドインいわきの土手歩きの完成だ。

 

ここにたどり着くまで、ネット上で草刈作業について調べていくと、毎年のように滑落事故が起きていることを知った。 その中で死亡事故まで起きている。

私の住んでいるいわきでもあったと聞いた。

この土手歩きで、そんな事故が少しでも減らせたらいいと思う。

 


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